【600年のパワースポット】東京タワーと奇跡のコラボ!?
徳川家の菩提寺「増上寺」で本音の歴史散歩
だから予備知識ゼロで行ってしまったんだけど、行ってみたら巨大な本堂と大迫力の東京タワーの絶景に圧倒されたよ🐾 さぁ、煩悩まみれの猫と一緒に歴史散歩に出発だにゃ!」
【結論】都会のど真ん中に突如現れる、江戸時代と現代が融合した最強のパワースポット!家康公も頼った「勝運の仏様」や、歴史ファンなら絶対見逃せない徳川家の墓所など、知れば知るほど面白いお寺です。(※事前勉強しないとボクみたいに後悔します🐾)
🗼 開山から600年以上!徳川将軍家が愛した菩提寺
「増上寺」が開かれたのは、なんと室町時代の明徳4年(1393年)。酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人という方が、現在の千代田区付近に開いたのが始まりなんです。
その後、安土桃山時代に関東を治めるようになった徳川家康公が当時の住職さんに深く帰依したことで、徳川家の菩提寺として選ばれたんだって!慶長3年には現在の芝公園の地にお引っ越しをして、手厚い保護を受けてドンドン巨大化していきました。
江戸時代の最盛期には、広大な敷地に120以上の建物が並び、常時3000人以上もの修行僧が学んでいたそうです。「寺格百万石」とまで呼ばれる大寺院だったなんて、当時の活気が目に浮かぶようですね✨
🏯 見逃し厳禁!6人の将軍と和宮様が眠る特別な場所
かつての旧徳川家霊廟は、現在の建物の左右に建ち並ぶとても壮麗なものだったそうです。戦災での焼失などを経て、昭和33年に発掘・綿密な調査が行われた後、現在の場所に改葬されました。
ここには、2代秀忠公をはじめとする6人の将軍のほか、大河ドラマでも有名な14代家茂公正室の悲劇のヒロイン「静寛院和宮様(皇女和宮)」や、3代家光公の側室・桂昌院様など、歴代の正室・側室・子女を含む計38人もの由緒ある方々が眠っています。
特に和宮様の「青銅製の宝塔」は当時のままで、家茂公の石塔と形は同じお揃いでありながらも、和宮様の塔には「菊の御紋章」が彫り出されているなど、時代の変遷を感じる特別な造りになっているんだって!
🚨 もふねこの大失態(懺悔録)
こんなにも歴史のロマンあふれる貴重な史跡(将軍家墓所)が見れるとは、当時のボクは知らなくて……。
頭の中は「早くブッフェ会場に行きたいにゃ〜🦀」の1点で限界突破していたため、実はお墓を華麗に見逃してしまったんです(大反省😸💦)。みんなが増上寺に行く時は、ボクみたいに食い気優先にならず、ぜひじっくりご見学くださいにゃ!
🙏 何の汚れ!?勝運を招く「黒本尊」の謎
増上寺で絶対にお参りしたいのが「黒本尊(くろほんぞん)」。恵心僧都源信の作と伝わる阿弥陀如来像です。
家康公はこの仏様を深く信仰していて、なんと戦場(陣中)にも持っていって勝利を祈願したそうです!そのおかげもあり、勝運や厄除けの霊験あらたかな仏様として、江戸時代から庶民にも大人気になりました。
💡 もふねこクイズ:なんで仏様が黒いの?
実は「黒本尊」と呼ばれる理由は2つあると言われています。
1つ目は、長年の間にお線香の煙で真っ黒に燻されたから。
2つ目は、人々の悪事や厄・災難を一人で受け止めてくれたから!
家康公自らが名付けたという説もあるくらい、パワーの強い仏様なんだにゃ🐾
🌸 苦難を乗り越えて完成した首都圏最大級の「大殿」
大殿の立派な屋根と東京タワー、桜の三拍子そろった絶景にゃ!🌸🗼🏯
華やかな江戸時代から一転、明治時代には敷地を没収されたり、大火や昭和の空襲で大切な建物を失ってしまったりと、増上寺には大変な時期もありました。
でも、多くの人々の力と祈りのおかげで、昭和49年(1974年)にこの「大殿(だいでん)」が見事に再建されたんです!
この大殿は、大本山の念仏の根本道場としてあらゆる儀式や法要が行えるように斬新な設計で造られていて、なんと首都圏では最大級のスケール!
階段を登りつめた2階に本堂、3階に道場、1階に控室、地下には宝物展示室も備わっているんだって。
軒下から見上げるアングルも大迫力!
本堂のなかには、室町期に製作されたご本尊「阿弥陀如来様」が祀られていて、今も毎日たくさんの人たちがあつい信仰の思いを持ってお参りに来ています。
長い月日と苦難を乗り越えてきた増上寺。背後には近代の象徴・東京タワーがそびえ立つ、とっても不思議で素敵なパワースポットです。平和を祈りながら、ぜひゆっくりお散歩してみてね!ボクも次行く時は、お腹を空かせずにもっとしっかり歴史のお勉強をするにゃ🐾